ブログ『靈和の刻』
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10年後の回顧録 006 アセンション?

「アセンション」次元上昇。自分の意識の中では比較的新しい単語なのだが、このことばを使い始めてもう10年以上が経とうとしているのには少々驚いた。
自分の場合、精神面におけるある意味ルネッサンスのような意味合いで捉えている。人間が意識体であるという認識を人類の何パーセントくらいが持っているのだろう?
意識のない人間に人間としての存在価値はない。
尺度を変えれば意識のないものに存在価値はない・・・
と言うより存在できないのかもしれない。
昔から「靈主体従」と「体主靈従」ということばがある。
いわゆる「意識」に「身体」が従うのか、「身体」に「意識」が従うのか?
言わずと知れたことだと思うのだが・・・
しかし、世の中なぜか「体主靈従」がまかり通っているようにしか思えない。
「体主靈従」に洗脳された民衆は支配には便利だからか?
意識主体の価値観を明確に持つことで人間社会は劇的に変化する。
その価値観の極みは調和へと行き着くとしか自分には思えない。
今はある尺度での意識の比較が困難であるが、近い将来人間はおのれの意識の貧しさを圧倒的な比較で思い知らされる時が来るような予感がしてならない。
その比較が実現すれば必然的にそれがアセンションのトリガーとなる。
ポジティブな意識のセルフマネジメントができるものは調和を享受する。
意識を俯瞰できるものは自由を享受する。
この価値観は10年前から生き続けている。
価値観は次元上昇していない?(笑)
いや、確信となって進化している・・・と思う。
※ 以下10年前から転載
アセンション?
2009-09-06 17:53:42
中学校の頃だったと思う。
授業で先生が「人間のような生命体は地球以外にはいない。」と言い切った。
いまだに、そのときの腑に落ちない記憶が残っている。
太陽系には、8つの惑星があり宇宙の法則に従い公転している。
(ってことは、ひとつの恒星系に人間が生息する確率は8分の1・・・・ちがうか ^^; )
太陽のような恒星が、この天の川銀河だけで約2000億!?
この天の川銀河の様な銀河が集まって銀河群や銀河団を構成している。
この宇宙に存在する銀河の総数は1000億以上!
1000億以上の銀河にそれぞれ2000億くらいの恒星があってその恒星のまわりを公転する惑星・・・・・
その無数の星々のなかで、地球にしか人間のような生命体はいない??
んなアホな!!
地べたをアスファルトやらコンクリートで埋め尽くし、空はフロンとやらでオゾンを穴だらけ。
怖れが生み出す妄想で、丸ごと地球を吹き飛ばすような核爆弾をもちたがる。
こんな地球人より、優れた生命体がいないはずはないと思うのだが・・・ただ、地球人(自分も含めて)も自分たちの愚かさ、無知に気づき始めた様な気も・・・・地球のルネッサンス、地球維新が目前に迫っているような予感がする。
調査神社1000社目掲載!

ペトログラフ、そして盃状穴。
太古の人間はそれらを共有しながら、現在よりも高い調和力を持っていたのかもしれない。日本ペトログラフの父、「吉田信啓」先生からそんなロマンを授かって実際に現地を訪れてペトログラフや盃状穴の調査を実施した神社のデータベースサイト「COOL-JP」を作り始めたのが 2014年の8月。
調査件数も800社ほどになった 2016年8月、絶望の淵に落とされるような吉田先生の訃報。しばらくは放心状態が続いた。
そこからなんとか這い出して調査は再開したものの、調査ばかりでデータベースの更新が滞っていた。生前、先生と一応の目安としていた1000社もそろそろ達成しているはずだと氣を取り直して更新を続けやっと今日、令和元年8月21日、吉田先生の命日に1000社目を掲載することができた。
その記念すべき1000社目の神社は「貴船神社奥宮」。
順番的にはまだ先に調査した神社が数社あったのだが、1000社達成が見えてきたところで「貴船神社奥宮」にしようと決めた。
同神社の所在地は「京都市左京区鞍馬貴船町」。
臼井甕男先生が「靈氣」を感得された「鞍馬」だ。
しかも「貴船」は古くから「氣生根」とも表記される。
「氣」が「生」まれる「根」源なのだ。
その祭神は高龗神(たかおかみのかみ)。
「 龗 」の音読みは「レイ」
「 龗 」 は下半分が「龍」。「靈氣」「靈」は下半分が「巫」。
まさに「氣生根」は 「 龗氣 」(レイキ)の地なのだ。
そしてこの地で生まれた靈氣によって自分はペトログラフへ導かれた。
自分の中で「靈氣」と「ペトログラフ・盃状穴」は「調和」というキーワードで
密接に繋がっている。
圧力に弱い日本ではペトログラフや盃状穴で海外に出し抜かれるかも知れない。
しかし、出し抜かれた後でもそこから日本の神社に集中する ペトログラフや盃状穴の重要性に人々が氣付きさえすればそれでいいのかもしれない。
目的は道徳的覚醒による大いなる調和「大和」「The Great Harmony」なので。
吉田先生、今晩お好きだったビール酵母入りのビールで一杯やりましょうヨ!

10年後の回顧録 005 ちょこっとだけ続き

前回の回顧録、続きがありました。題名も「ちょこっとだけ続き」
なので、素粒子系の続き。
すべては意識の幻想で、命はそれを楽しむ。
意識の尺度を変えれば、自由も手に入る。
10年。なのに数ヶ月前に書いた様な氣さえする
今とほぼ変わりの無い思想であの頃も生きてたんだね。
ベランダにサンスベリアやパキラの鉢植えはなくなったけど・・・
生活は思いもよらない・・・いや、思った通り、
遙かに自由になりました。
以下全文を転載します。
ちょこっとだけ続き
2009-09-04 13:13:02
テーマ:あるがまま
結局、人間もクオークでできた陽子と中性子、それに出たり消えたりしてる電子でできていて・・・
そのレベルで見たら俺もあなたもない。
それどころか、今、パソコンを打っている自分のそばの網戸をよじ登っているハエトリグモも
その向こう側のベランダにあるパキラやサンスベリアの鉢植えも、その間を埋める空気も・・・
その中でそれぞれが、それぞれの形を維持し、大いなる宇宙の意志の元に「いま」を体験している。
すべてが大いなる宇宙の意志による同じ目的で存在している。
その目的とは「存在し、経験する。」
それぞれが「異なる存在であり、異なる経験をする」ことが大いなる宇宙の喜び。
「異なる存在であり、異なる経験をする」・・・・そのための「あるがまま」
宇宙の意志に喜びをもたらす「あるがまま」に苦しみは存在しない。
信じ切れるなら。
10年後の回顧録 004 マクロ→ミクロ

10年前のブログ、読み返すと今も大筋意識の方向性は一貫してる様だ。
以下の様な文章を書いている。
「すべてはエネルギーの波動の違い。もとはすべて同じエネルギー。
全宇宙のすべてが同じエネルギー・・・・個人的にはすごくすっきりするんだが・・・^^」
上記のブログを書いた10年前、「〔 パワーズ オブ テン 〕(宇宙・人間・素粒子をめぐる大きさの旅)という本を買った。」と書いているのでかれこれ30年以上は素人ながら素粒子の世界に興味を持ち続けていることになる。
本ブログのトップページにある目次、「アークスクリーンの想い」(平和から調和へ)では
「すべてが規則性を持つ波動であるならばそこには 何らかの」が存在し、ある意味宇宙すべてが意識体と言えるのかも知れません。」
と書いているとおり、素粒子の根源にはある種の意識が存在している様な気がしている。
それを前提とするならば、人間の意識にはまだまだ途方もないポテンシャルが秘められており、それを封印しているものはある種の洗脳なのではないだろうか?
洗脳は支配を目的にしているが、理不尽な支配は人間の道徳の前に消え去る運命にある・・・と、信じている。
「靈和」から意識のルネッサンスが始まっている。
10年前のブログ「マクロ→ミクロ」の全文は以下の通り。
マクロ→ミクロ
2009-09-03 17:31:13
テーマ:あるがまま
以前弟の会社の偉い方のスピーチを、弟の結婚式で聞いたことがある。
「人間は約60兆の細胞でできている・・」というとても興味深い話だった。(その割には、覚えているのは60兆の数字だけだったりして・・・^^;)
で、そのスピーチの後がまずかったらしい。
そのスピーチの後とは、乾杯の挨拶だった。
指名された私は、すっかり舞い上がり、グラスのシャンパンを全部こぼしてしまいそうなほど震えながらの第一声。
「いや~、お待たせしました。やっと飲めますねっ!!」
会場から笑い・・・
たった一言でなぜウケたんだろう??
その後の弟の友達から一言
「お兄さん、チャレンジャーですねえ~!先生のスピーチのあとで『やっと飲めますねっ!』って・・・」
気付かなかったが、60兆の細胞の話、かなり長かったらしい・・・^^;
閑話休題・・
人体は約60兆の細胞で構成されるという。
で、一気に話は進んで、細胞を含むすべての物質は原子でできている。
原子が最小単位と思われるのでその名前が付けられたが、科学が進むとその先があった。
原子は、原子核と電子。
原子核のまわりを楕円軌道で回る電子のマークは子供の頃のSF特撮ものなんかでよく見かけたような気がする。
原子の大きさは1億分の1センチメートルほどで、数年前のたとえを引用するならば原子核をサッカーボールほどの大きさとして福岡の天神あたりに置くと、電子はパチンコ玉以下の大きさで、熊本の阿蘇のあたりを回っていることになりそうだ。
ただ、最近の学説だと電子は空間で現れたり消えたりしているらしく?電子は原子核の周りを取り巻く霧のようなイメージで表現されている。
この電子が空間に出現したり消滅したりしていると言うのはかなり真理に肉薄してきたような気がして、なんだかワクワクしてくる。
さらに原子核は、陽子と中性子でできていて、それらを構成するのはクオークで・・・・よくわからんが、「対称性の破れ」その先の方の理論らしい。
素人の戯言(たわごと)になるだろうが、クオークなんかも突き詰めれば、電子みたいにエネルギーの波動(振動数あるいは振動の形?)によって空間に出現したり消えたりしているものということになってくるんじゃないだろうか?
すべてはエネルギーの波動の違い。もとはすべて同じエネルギー。全宇宙のすべてが同じエネルギー・・・・個人的にはすごくすっきりするんだが・・・^^
どっちにしても、地球上の目に見えるもの、体に触れるもの、空気を含めたすべての物質が原子核と電子で構成され、電子はこの世に出たり消えたりしてるのに、我々の目には自分をはじめ物質が同じ形で存在しているように見えるというのはすごいこと、奇跡のように思ってしまう。
人間はこれを現実と言ったりするが、エネルギーが生み出す幻を現実と名付けてしまったのかも知れない。
※いまから20年ほど昔、「パワーズ オブ テン」(宇宙・人間・素粒子をめぐる大きさの旅)という本を買った。マクロからミクロまでを視覚的に経験できる衝撃的な本だった。それが今やインターネット上に無料動画で公開されている。
すごい時代になったもんだ。(本はめちゃ高かったのに・・・・)
※ 「パワーズ オブ テン」(Powers of Ten with Japanese translation) の動画はこちら
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